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歴史・雑学

歴史を歩く#1| 江戸を席巻した下り酒。灘五郷の日本酒

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1300年頃から続く酒どころ

西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷の五つからなる灘五郷は
清酒生産量日本一の兵庫県の中でも最大の生産量を誇る酒どころです。

現在の西宮市、芦屋市、神戸市の東側に位置するこの地域では1300年頃には既にお酒を作っていた記録があるそうです。

日本酒はその土地の風土に大きく影響されるお酒ですが、この灘五郷は日本酒に適した水、米、気候に恵まれ、古くから盛んに酒造が行われています。

日本酒には鉄分が少なくミネラルが豊富な水が理想とされますが、この地域の”宮水”と呼ばれる水はこれらの条件を満たしているのでお酒造りに最適だと言われています。

また、兵庫県産のお米、”山田錦”は米粒が大きく、デンプン質がとても豊富で良い日本酒を生む出す材料として高い評価を受けています。

加えてこの地域に独特の”六甲おろし”と呼ばれる六甲山系から吹き下ろす強い風が寒造りに最適な条件を作り上げています。

丹波杜氏

こうしたお酒造りには絶好の条件をいかして灘五郷では古くから丹波地方の出身者がお酒を作っていました。

丹波とは兵庫県の中央に位置する地域で、最近は丹波の黒豆などでも知られていますが、かつてこの地域の人たちが農作業のない冬の時期に灘にお酒を作りに出稼ぎに来ていました。

寒造りと呼ばれる冬場のお酒造りというのは大変厳しい作業で、凍てつく寒さの中で連日朝早くから夜遅くまで厳しい作業工程が要求されるわけですが、それを丹波人の気質である誠実さと勤勉さで乗り越えて灘の酒造りを支えてきたわけですね。

これらの人々は”丹波杜氏”と呼ばれていますが、この丹波杜氏の人々がお酒造りに適した灘の風土を最大限にいかして良質の酒を作り上げきたわけです。

江戸を席巻した灘ブランド

それにこの灘地区は海が近い立地条件も功を奏して江戸時代には海路を使うことによって大量のお酒を江戸へ輸送できたのも発展の大きな要因となりました。江戸時代後期には江戸の街のお酒の8割は灘の酒だったと言われています。

こうした風土や技術に恵まれて灘五郷は日本一の酒どころとしてその名を轟かせて今に至っています。

現在の灘五郷では大小様々な規模の会社が酒造りを行っていて、独自に見学や試飲などができる場を提供しているところがたくさんあります。アクセスは阪神電鉄が大変便利です。

外部リンク阪神電車で行く灘五郷(阪神電気鉄道)

関西地区を訪れた際には是非足を運んでみてください。