485系特急の思い出
かつて国鉄が民営化されJ Rが発足する前後の時期、当時は小学校高学年でしたが、大阪駅によく列車の写真を撮りに出かけていました。
その頃には大阪から北陸方面に向けて、『雷鳥』と『白鳥』という特急列車が走っていました。2020年になった今でも金沢まで『サンダーバード』という特急列車が走っていますが、『雷鳥』はその前身にあたります。
当時の『雷鳥』は金沢、富山、新潟まで走っていました。本数も毎日18往復ほど走っていたように記憶しています。
大阪駅に行けばほぼいつでも見ることが出来ました。なので写真を撮るという意味では希少価値はないのですが、地元を代表する列車であったことは間違いないですね。
個人的には、民営化を3ヶ月後に控えた国鉄時代の末期に初めて父親と二人で金沢に一泊の旅行に行き、その時に初めて『雷鳥』に乗ることができたのが思い出に残っています。
途中の敦賀駅で30秒の停車時間を利用して名物の鯛めしを買ってきてもらい車内で食べたのも懐かしい記憶です。
金沢駅で、名古屋、新潟、東京といった他の地区からの特急が集まる中でも変わらぬ存在感を放つ『雷鳥』を目にした時はとても誇らしげな気分になりました。
一方で『白鳥』は1日1往復しか走っていなかったので、きっちりと時間を狙って行かないとお目にかかることは出来ませんでした。
出発は朝の10時過ぎ、到着は夜の19時過ぎだったと記憶しています。
この列車の凄いところはなんといってもその走行距離です。
なんと大阪と青森の間を結んでいました。その距離は1040kmほどで日本で一番長い距離を走る昼行特急でした。所要時間も12時間40分と桁外れでした。
『白鳥』はその圧倒的な走行距離と1日1往復の希少価値からか高級感すら漂わせていました。
この列車の走行区間のごく一部に過ぎませんが、金沢旅行の帰りには幸いにも大阪まで乗車することもできました。
結局この時が最初で最後になりました。
もし今走っていたら是非とも全線乗車してみたいですね。
今はもう目にすることもなくなってしまったクリーム色の車体に赤帯を纏った国鉄色の485系。
この車両には幼少期を過ごした昭和の時代の思い出が詰まっています。
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